My name is TOMOKI GODA.

IF YOU KNOW ME, YOU KNOW MY STORY

  • TOYOHAMA~豊浜町~
    私は1988年香川県観音寺市豊浜町で生まれました。海と山が近い、よく言えば自然豊かな、シンプルに言うとただの田舎です。五穀豊穣や豊漁を祈願して、毎年10月の第2金曜から3日間かけて行われるのが「さぬき豊浜ちょうさ祭り」。年に一度、町が一番盛り上がるお祭りです。金糸の刺繍で豪華に飾られた太鼓台(ちょうさ)が法被を着た担ぎ手たちによって町を練り歩く様子は見は圧巻です。高校卒業後は、福井県立大学看護学部卒業。香川県立中央病院集中治療室で看護師として勤務していました。看護師として働いている時、集中治療室で多くの人が亡くなるのを見ました。様々な人の人生の終わりを見て、自分や家族の死について改めて考えるようになり、生命保険会社と共同でエンディングシートを作成しました。
  • ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは?
    筋肉そのものの病気ではなく、運動をつかさどる神経(運動ニューロン)だけが傷害され、身体を動かす命令が筋肉に届かなくなり、体を動かす筋肉や呼吸に必要な筋肉の力がなくなっていく病気です。最終的に人工呼吸器をつけないと死に至ります。 その一方で、体の感覚、視力や聴力、思考力などはすべて保たれることが普通です。なのでそれゆえの不便もあります。 かゆいところに手が届かない。普通なら手が届く顔や頭、腕や足にも手が届きません。ベッドで寝てても寝返りが打てないので、背中腰が痛くなって安眠ができません。体を動かしにくいけども、外見上は正常なので、あまり周囲には大変さが分かってもらえません。以前と同じような動作をするのにすごく汗をかいたり、時間がかかったり、何気ない動作が少しずつ出来なくなっていくことや、感覚が残っていること故に、つらかったり、 悔しい思いをしていました。 ALS は体が動かなくなるけれども、考えることや感じることは残る不思議で残酷な病気です。
  • 日本で17人。止まらない病気の進行。
    2018年時点、厚生労働省発表の特定疾患医療受給者証交付件数において、29歳以下のALSは17人でした。 2018年29歳の時、手の親指の力が弱くなることから始まりました。2015年に職場で出会った3歳年上の妻と結婚。2016年長男誕生、2018年双子誕生。2019年家を建てた矢先にALSの診断を受けます。 今はしっかり者の長男、のんびり屋の次男、調子乗りの三男、 どんな時でも私を支えてくれる妻。 大切な家族と一緒に暖炉のある家で生活をしています。 私の屋号は「Filo」。Filoはイタリア語で「糸、繋がり」 私が結婚式の最後に流したのが、中島みゆきさんの「糸」 私の愛する子供たちの名前はみんな糸に関係するものです。 ALSでボロボロかもしれない私という糸。 何か人のためになることがしたいと思って、この名前にしました。 こんな糸が なんになるの 織りなす布は いつか誰かの傷をかばうかもしれない 。

人間と猿の違い

親指を曲げてつまむ、つかむ動作ができるのは、

霊長類の中で人間だけが獲得したものである。

 

2021/1/9時点

・できないこと

歩けません。立てません。起き上がったり寝返りもできません。

一人でご飯食べられません。着替えられません。トイレできません。

スマホ持てません。文字書けません。

ビールジョッキが持ち上げられないのでビールが飲めません。

ページがめくれないのでジャンプが読めません。

 

 

・できること

ゆっくりならしゃべれます。

パソコン操作なんとかできます。

頭は問題ないので考えることはできます。

食欲、睡眠欲、性欲、普通にあります。

上手くしゃべれないのに小言、愚痴はでます。

 

・やりたいのにできないこと

家族で風呂に入って同じ布団で寝る。

子供を肩車する。絵本を読む。公園で遊ぶ。

運動会で一緒に走る。参観日に行く。

愛する妻を抱きしめる。

 

 

問.私は人間でしょうか?

私は不幸ですか?

ALSになって不便です。途轍もなく不便です。

ただ絶対に「不幸」では無い。

自分にそう言い聞かせています。

 

長い間病気のことを受け止めきれていませんでした。

ようやく前を向くことができました。

最近までは、落ちて落ちて落ちて落ち込んで。

先に進んでるつもりが下に落ちてるだけで。

何も見えなくなって、動けなくなって。

もう終わりにしてもいいか。

ここを終点にしようか。

そう考えたけど結局死に切れず。

死ねないなら生きるしかないなあ。

 

下に落ちてた顔を上げたら

 

 

妻と子供たちがいました。

 

 

生きる理由がありました。

 

 

子供たちへ何か残したい。

 

 

妻を幸せにしたい。

 

 

父親として。

 

 

夫として。

 

 

人間として。

ALSこそ最大の武器

自分に何ができるか考えました。

ALSは身体は動かなくなるけど、頭は障害されない。

出来ないのは体を動かすこと。

出来ることは頭で考えること。

 

 

自分と同じような障害・難病を持つ人のためになることをしたいと思いました。
日本の障害福祉サービスは複雑かつ多岐にわたっています。
しかし、これらの情報が各々の担当している分野の情報しか持っておらず、管轄外の情報については教えてもらえません。
障害を持ちながら、これらの情報を集めることは、大きな負担です。
そして、その情報にたどり着けない人も多い。
障害を持った時、最初が肝心です。体も心もダメージを受けている時に、スムーズにサービスが届かない。一つの窓口で簡単に手続きをしたい。
でもそんな便利なサービス無い。なら自分でやっちゃおう。
Filo 障害・難病情報支援サービスを始めました。
一人では集めるのが困難な、障害福祉サービスの情報を、一つの窓口で知ることができ、現在本当は使えるのに、知らないことで、利用できていないサービスを使えるようにする。
障害・難病者のQOLを高めるための活動です。
もう一つの始まりは、友人の言葉でした。
『君は情報収集はできる。考えることはできる。
そして、それができる時間がある。
なら、とことん時間を使って、情報収集と深掘りをして、
いくつものビジネスモデルを考えてほしい。
そしてそれを僕に教えてくれ。
僕にはその時間と余裕が無いから。
僕の代わりになってくれないか?』
私だからできること。
ネットから色んな知識をゲットすることはできる。
時間がたくさんある。
情報検索能力もある。
少しずつ勉強しながら、できることを頑張っていると、
たった2ヶ月でできることは劇的に増えました。
ランディングページ作成
予約サイト作成
ライティング、ブログ管理
マーケット分析、戦略
プレゼン資料作り
経験は足りていません。
そこは伸びしろですね。
ただ、
自分がもう一人いたら
時間が足りない
人手が足りない
休みとプライベートの区別がつかない
今のご時世、こんな悩みを持っている人がたくさんいました。
看護師をしていた時は気付けなかった、そんな悩みを持つ人がたくさんいました。
そして、その人たちのために、今の自分だからこそできることがありました。
今の自分のALSという状況に対して、
そしてコロナ不況の中でみんなが抱える問題に対して、
立ち向かって戦ってやる!
そんな思いからbusiness soldier GODAmanは生まれました。
Filo 障害・難病情報支援サービス
business soldier GODAman
今の合田が、今の合田だからできることです。

私は生きてここにいる

ALSになって

出来ない事が増えた私だから

私にしか出来ない事がある

自分が ALS であることを積極的に発信しました。
生きてるんだ。諦めないんだ。と言い続けていると。
私を普通の人間、対等な仕事仲間として接してくれる人たちがいました。
それがどんなに嬉しくて助けになったか。
ALS は体が動かなくなるが、頭は正常なため。

病気が進行すればするほど活動できる範囲は狭まり、一人で考え込む時間が増える。
一人でいると、心が病んでいく。
私には助けてくれる人が周りにいた。
今の私は体が動かないが人と繋がる心はある。
繋がる心で私は生きている。
この繋がりは 私が病気になるまでに育んだもの。
そして病気になってから諦めずに手を伸ばしたから掴めたもの。
人生は繋がっている。
病気になったからといって、途切れるものではない。
コロナによってすごく大変な世の中になってしまったが、
人と人との繋がりは手放してはいけない。
誰と関わるのか、どんなところに身を置いておくのか、またそれまでどんな人生を送っていたか?が大切
あなたはあなたが困っている時助けてくれる人はいますか?
誰かが困ってる時あなたは助けてあげられますか?
苦しくても辛くても一人で諦めてはいけない。
私がここにいます。

体が動かなくなっても、自分で声が出せなくなっても、諦めない男がここにいます。

ALS になって、できないことが増えた私だからこそ、私にしかできないことがある。

TOMOKI GODA